私の國

 

私の国では、一人称を「私」にすることを義務付けられている。
みんな生まれてから死ぬまで、自分のことを「私」と呼ぶ。「僕」や「俺」はもちろん、自分の名前で呼んでもいけない。


そのことを疑問に思ったことは何度かあった。

その度に、父や母に何故なのか、いつからなのかを聞いてはみたが、困ったように微笑むだけで、教えてくれなかった。

ただ、破ると何か恐ろしいことが起きるということは、何度も何度も注意された。

 


昨日、私は母におつかいを頼まれたため、スーパーに買い物をしに行った。

店に入ってまず野菜コーナーを見て、次に肉を見た。
スーパーの生鮮食品売り場の配置は、夕飯の献立を考える主婦の導線を意識して考えられていると聞いたことがある。

確かにこれは理にかなっていると思ったが、同時に、自分みたいなのは言われたものを買うだけなので必要のない仕組みだな、とも思った。

レジに並んでいると、二つ前の客のところで少し詰まってしまっていた。

どうやら外国の人らしく、言葉が通じていないようだ。

それを見て、私の一つ前に並んでいたおばさんが小さく舌打ちをした。

一方で私は、この世にあるネジはすべて時計回りに締まっているというのは本当の話なのだろうか、と考えたりしていた。

 


今日、私のクラスに転校生が来た。肌が白く、目は緑色をしている。
私はその子を見て、なんとなく昨日のレジの人を思い出した。
彼女はさらさらの茶色い髪の毛を揺らしながら教室に入ってきた。
「初めまして。僕、マリです。僕の国はいいところです。よろしくね。」
たちまち教室がざわめきに満ちた。

 

あいつ、自分のことを僕って言ったぜ。


「あのね、ここでは自分のことを、「私」と呼ぶと決まっているのよ。」
先生が優しく諭したところ、マリは「構いません。」と笑顔で答えた。


「あなたは構わないかもしれないけど……。」
「僕はちゃんと規則を守っています。」
「守ってないじゃない」
「でも」


先生は彼女の襟ぐりを掴んで、窓から放った。



彼女の国では、一人称を「僕」にすることを義務付けられている。