君とあの子と彼女と夏フェス①

1.カナ



まだ朝の9時だっていうのに、太陽はすでに、本気だ。

普通にコンビニで買えば60円のアイスキャンディーが、いつもよりずっと高い値をつけられているのにすごい勢いで売れていく。

最初のアーティストのライブが始まるまで、あと1時間。

熱気で手から溶け落ちていくソーダ味の液体が芝生に沁みこむのを、私はただぼんやりとみつめていた。

 

「フェス」に行くなんて初めてで、帽子はこの向きがかわいいかなとか、お手拭きとかあった方がいいかなとか、昨日からそわそわしていた。

だけど、そんなことはもうどうでもいい。

男の人と喧嘩したのは、生まれて初めてだった。

 


わたしがいつも好きになるのは、CMや映画の主題歌になっているような有名な曲だ。

というか、テレビとかみてれば自然と耳にするのだから、そうなるのが普通だと思っている。

わたしがそう言うと、涼介はきまって「わかってないなぁ」と言いながら、自分の音楽プレイヤーを見せてくる。

流れてくる音楽に耳を傾ける。

聞いたこともないような名前のバンドばかりのプレイリストを見ながら、こういう人たちのことって、普段どこで知るの、と聞くと、涼介は毎回嬉しそうに鼻を膨らませて教えてくれたけど、もう忘れてしまった。


自分のセンスに自信がある人って、どうしてそれが万国共通のものだと思っているんだろう。

「センスがいい」って、誰がどのように決めているんだろう。

今朝、涼介が前に好きだと言っていたバンドが今回のフェスの一番大きいステージでやることがわかって、良かったね、有名になって、と言ったら、「もうこいつらのことは好きじゃない」と言われた。

「こいつら、有名になってから、変わったよ。音のディティールに力強さが感じられなくなった。」

「そうなんだ、前は感じられたの。」

「うん。なんていうのかな、やっぱ売れると曲に切迫した雰囲気がなくなるよな。ま、カナには今のほうがいいって思えるだろうし、聴いてみたら?」

「……涼介はさ、みんなが知らないから好きだったんでしょう、そのバンド。」

 

それからはお互いを罵る言葉が止まらなくなって、気づいたらもう涼介はいなかった。



わたしは甘いソーダをたっぷり吸い込んだ芝生から立ち上がって、出店に向かった。

くしゃっとした笑顔のかわいい店員さんから、ビールを受け取る。

いつもより高価な、黄金色。

「こういうとこのビールって美味しくないでしょ。しかも高いのに、よく買うね。」

「こういうとこで飲むから、うまいんだよ。気分料上乗せされてんじゃねぇ?」

わたしの前に買った男の人がそう言いながら飲んでいるものは、なんだか自分が手にしているのとは全然違うものに思えた。

苦い泡の部分が消え始めたビールは、どこか弱々しい。

さっきの店員さん、かわいかったな。こういうとこのビールの売り子って顔選っていうもんな。

わたしもあのくらいかわいかったら、自分の意見をいつもはっきり言えるのかな。


いきなり大音量でギターが鳴った。

父親が演歌歌手で有名なロックバンドが、このフェスの最初のアーティストだ。

ああ、かっこいい。

女の子たちが熱っぽい目でステージをみつめている。

みんなは、かっこいいから、人のことを好きになるの? 

かわいいから、好きになってもらえるの?

わたしは涼介の、何に惹かれたの。


手に持っている携帯が、鈍く震えた。